mitsutabi

2018/08/07 14:05


五島列島、8月15日午後6時44分

お盆の最終日、バケツをひっくり返したような激しい夕立のあと、むんと立ち込める熱気の中でカラフルな衣装に身を包んだ地元の人たちが、鉦(かね)と太鼓の音に合わせて踊ります。

「チャンココ」は、先祖などを供養するための念仏おどり。7月になると、お盆に行われる本番に向けて地元の青年団の人たちが練習を始めます。「チャン」という鉦の音と「ココ」という太鼓の音。日が暮れて空が赤く染まる頃、その音が聞こえてきたら、「そろそろお盆だな、みんなが帰省してくるな」と胸がしんみりしてきます。

夏の一番暑い時期に行われるチャンココ。初盆を迎える家や檀家さん、お寺やお墓をまわりながら踊ります。なかには連日朝から夕方まで続くことも。踊り手の足は練習と本番でマメだらけ。よく見ると、草履を履く足の指には絆創膏が巻かれています。

東京、8月13日午前8時17分

生まれて初めて訪れた場所でも、「なんか懐かしい」と感じることがある。

長崎県・五島列島には、初めて目にしても「なんか懐かしい」と感じる風景があちこちにある。お盆のチャンココの風景は東北出身の人が目にしても「ふるさとを思い出して懐かしい」と言う。海外生活が長かったある人は「イタリアの村に似ていて懐かしい」と話していた。なかには「赤土があって、原っぱがあって、どことなくアフリカの風景と重なるんだよね」と言う人もいる。五島は、いろんな人がそれぞれの文脈で懐かしさを感じる場所なのだ。

それにしても、「懐かしさ」って、改めて考えてみると、結構説明しにくい概念かもしれない。

過去に経験したことに時間を置いてふたたび触れた時、人は「懐かしい」という感覚を持つ。そんなふうに一応頭では理解しているけれど、実はそうとも限らない。生まれて初めて触れたものにも、懐かしさを感じることはある。自分の記憶にはなくても、何らかのつながりが感じられる。砂に水が染み込んでいくみたいに、その音や匂いや光が心の深いところまで届く。そういう時にも、人は「懐かしい」という言葉を口にするような気がする。

「懐かしさ」を感じる瞬間、自分の中で何かが満たされていくのがわかる。夕方の潮風の匂いだったり、植えたばかりの田んぼからもわんと来る青臭い湿気だったり、牛舎の向こうからモーと響いてくる牛の鳴き声だったり。五島でそういうものに触れていると、渇いていた五感がいつのまにかしっとりしてくる。五島ではそんなふうに、全身で懐かしさを受け止めながら過ごすのが一番の過ごしかたじゃないかと思っている。観光はそこそこに、あまり予定を入れないで、ビーチや宿の縁側で五感を開いてぼーっとする。

五島はいたるところに懐かしさであふれている不思議な場所だ。生まれた場所も、育った場所も、年齢も、国籍も、バックグラウンドの違ういろんな人が異口同音に「懐かしい」と言う、こんな場所が他にあるだろうか。

東京からみつめた「五島列島8月15日午後6時44分」の風景。

写真を撮った人:廣瀬健司

生まれも育ちも五島列島・福江島。東京で警察官として働いたのち、1987年に五島にUターン。写真家として30年のキャリアを持つ。2001年には「ながさき阿蘭陀年 写真伝来の地ながさきフォトコンテスト」でグラプリを受賞」。五島の「くらしと人々」をテーマにした作品を撮り続けている。2011年には初の作品集『おさがりの長靴はいて』(長崎新聞社)から出版。地元の若手写真家の育成にも尽力する、五島愛の塊のような熱い写真家。

文章を書いた人:鈴木円香

編集者。1983年、兵庫県・明石生まれ。もともとは本の編集をしていたが、独立してからは本、雑誌、ウェブなどジャンルを問わずで仕事をしている。友人が移住したのをきっかけに2017年夏に家族で五島・福江島を訪れて以来、抗しようもなく五島に惹かれ続ける。同年9月には五島で船舶免許を取得。五島の魅力をもっと広めたいと、11月からは五島在住の写真家と一緒に「毎日が絶景」PROJECT in 五島列島を立ち上げる。


この記事は、paper版「みつめる旅」vol.1に収録された内容の一部です。


※増刷・次号の発行も、制作費のめどが立ち次第進めてまいりますが、現在のところ時期は未定です。