mitsutabi

2019/06/19 06:33



旅とは、自分の体と心を日常から離れた場所に置いてみること。いつもと違う風と光を浴び、いつも違う人と言葉に触れ、「非日常」で五感を満たしてみる。昨日までの連続を、一度ぷつりと断ち切ってみる。

 

感じることが変わると、考えることが変わる。考えることが変わると、やがて生きかたそのものも変化していく。旅に出る前の自分と、旅から戻った時の自分に、わずかでも変化があったなら、それはきっといい旅だったと言えるはず。

 

長崎・五島列島を舞台に、そんな新しい旅の形を提案している「みつめる旅」。今回「みつめる旅」のスペシャルツアーとして、ベストセラー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』の著者として知られる山口周さんと行く「みつめる旅humaity」を開催しました。



 

20199月に第1回が開催された「みつめる旅 humanity」の旅のレポート。今回、旅をしたのはこんな人です。

 

加藤優香理さん▶︎▶︎▶︎1986年名古屋市生まれ。仕事では、創業130年の老舗ガラスびんメーカーに勤務し、「容器」の枠を越えた新市場創造に取り組む。そのかたわら出張型「スナックゆかり」を主宰、米テキサス州オースティンのクリエイティブ・フェスティバル「SXSW」にゲリラ開店するなど、大企業やスタートアップのイノベーター・ハブとしても活躍中。5歳の人懐っこい息子とあちこち出かけるのが好き。(プロフィール写真は参加者による撮影)



 

 

「内省」に適した空間と時間

 

「みつめる旅 humanity」では、内省の時間をたっぷり取れたのがとてもよかったですね。五島列島のあの環境は内省に適した空間でしたし、旅の中で流れていた時間も内省に適したものでした。やっぱり内省をするには「空間」と「時間」が大事なんだな、と。

 

日常生活の中では、「ひとりになる時間」はなんとか持てたとしても、「内省する時間」を確保するのは難しいのが正直なところです。会社という空間に身を置いていると、当たり前ですが、どうしても「仕事をするモード」になってしまいますし、まわりにたくさん人がいますから、内省して自己をみつめる状態にはなりにくいですよね。それに、たまに休日などに、ひとりになったとしても、疲れていて一日中寝てしまったりします。



 

ちょうど、私自身の人生のタイミングとしても、内省することの必要性が高まっていた時期でもありました。自分は何のために仕事をしているのか? 仕事を通して社会に提供したい価値は何なのか? 向き合いたい問いはあっても、仕事と育児に追われて、深く考える時間も、心の余裕もありませんでした。

 

なので、五島で過ごした「内省の時間」は本当に貴重でした。海辺で心地のいい潮風に吹かれながら、内省の時間を持ち、頭に浮かんだことを「息を吸って吐き切るように、話してみましょう」と促されるのはとてもよくて。特に私のように、自分から内省することがまだ難しい人にとっては、いいトレーニングになったと思います。

 

 

会社の肩書を外した「ひとりの人間」として

 

「みつめる旅 humanity」の参加者のみなさんは、年齢も性別も、おそらく会社の中の肩書も多様な人が参加されていました。でも、全員が「ひとりの人間」として、34日を過ごす。その関係性も旅の心地よさの一つの理由でした。

 

普段ビジネスの世界にいると、何者かにならなくてはならない、役割に徹しなくてはならない、物事をやりきらなくてはならないといったプレッシャーを誰もが感じていると思います。でも、全員が何者でもない「ひとりの人間」として接するので、自然とそういう焦りを手放すことができました。名刺交換もしませんでしたし、最後まで、どこの会社でどういう地位にいるのかさえ、ほとんど知らないままでした。旅の中でなかよくなって、帰京後連絡先を交換した時に初めて、「こんな仕事をしていた人だったんだ」と気づくという感じ。

 

「人間とは何か?」について内省するという旅のコンセプトに共感した方ばかりなので、自然と心の持ちようが似ていました。波長があっていて、一緒にいて心地よかったですね。そういう心理的安全性があったので、おのずと気持ちを委ねられました。



 

 

マルチタスクの日常から離れて

 

旅の中で特に印象的だったのが、久賀島(ひさかじま)での「ザザレ集落」のトレッキングでした。久賀島は、五島列島最大の島・福江島(ふくえじま)から船で30分ほどのところにある、人口わずか約300人の島です。安土桃山時代から明治時代初期まで約280年の禁教の時代に、潜伏キリシタンが移り住んで暮らしていたのが「ザザレ集落」なのですが、その墓地・教会の跡まで、山道を往復60分強トレッキングしました。

 

木々の茂る、細い山道を参加者全員が一列になって歩いていくのですが、その時間がすごく気持ちよくて。ただ黙々と、歩くことだけに集中する。一つの動作に集中することが、脳と体にこんなにもいい影響があるのかと驚きました。普段は常にマルチタスクで同時にたくさんのことを考えながら生活しているので、一つのことに心身を集中させる機会って、実はまったくなかったのですね。



 

山道の途中には、井戸や段々畑が残っていて、登りきった先には海が見わたせる場所に教会・墓地の跡が。潜伏キリシタンの方々も、かつてこんなふうに列を組んで歩いていたのだろうか、この山深い土地を開墾していったのだろうか……と、その営みに思いを馳せました。踏み絵のことなどは歴史の授業で学んで知っていましたが、初めて歴史を肌で感じたかのような新鮮な充実感がありました。

 

 

新しい価値を生み出す「思考の深さ」

 

「内省の時間を持ちたい」と強く思うようになった理由には、自分自身が今、新規事業を創出する部署にいることが大きく関係しています。大手日系メーカーとして、これからの100年を見据えながら、社会の中でどのような役割を果たしていけばいいのか、そして社会の変化にあわせて組織のありかたをどのように適応させていけばいいのか。さらにいえば、本当に世の中で意味のあるサービス、価値のあるプロダクトとは何なのか。仕事をする中で、そういう問いと向き合わざるをない場面が多々ありました。

 

新しい事業を生み出す際に、「社会」と「会社」と「自分」の3つの円を考えて、それが重なりあう領域で、サービスやプロダクトを作るのがいいとよく言われます。

 

私自身も、3つの円が重なる領域をずっと探しています。その領域が、個人としても一番エネルギーをもって働けると思いますし、成果にも繋がりやすいでしょう。でも、普段の生活の中では、その領域を見定めるだけの「思考の深度」がなかなか持てませんでした。



 

これからの社会が必要とするであろう価値とは何か? 自分が情熱をもって取り組めるものは何か? 私は仕事を通じて誰を幸せにしたいのだろう? どんな社会にしていきたいのだろう? そういうことについて、深く考えて、自分の中で腹落ちする感じを得たいな、と。自分自身が納得した上で、周囲の人に伝えられる状態になりたいと新規事業に携わるようになってから常々思っていました。

 

恥ずかしながら、今になって、大学時代にもっと哲学を勉強しておけばよかったと、ちょっと悔やんでいます。哲学って、要するに「幸せとは何か?」「人はどう生きるべきか?」に向き合い続けた学問なんですね。当時は「哲学や思想なんて勉強しても食えない」と信じて疑わなかったのですが、実は人生を本当の意味で豊かにしてくれるものなのだと気づきました。次の100年を思い描くための、「思考の持久力」と呼ぶべきものかもしれません。

 

その意味で、「みつめる旅 humanity」は、何者でもないひとりの人間として、感じ、考える時間、言い換えれば哲学する時間でした。

 

 

シンプルなありかたに立ち返る

 

夜の海岸で星空を眺めながら、参加者みんなでダイアローグをする場面がありました。

 

その時にちょっと肌寒くて、参加者の誰かが「火をおこそう」と言い始めました。みんなで石を集めて即席のかまどをつくり、暗がりの中から見つけてきた流木や枯れ草で焚き火をしました。いい大人が、五感をフルに働かせて協力して「これは燃えるだろうか、燃えないだろうか」と考えている。東京では、ちょっとありえない光景ですよね(笑)。

 

「寒いから火をおこそう」という、人間としてシンプルな行為に立ち返る。その時間がなんだか素敵で心に残っています。とても人間らしいな、と、やっとおこした火を囲んでいた全員が、等しく人だったと感じました。「みつめる旅 humanity」の旅程の中には、そういう予期せぬ喜びが起きる余地が織り込まれているのも、楽しかったと思います。






今後も「みつめる旅 humanity」に参加したみなさまのレポートも随時掲載してまいりますので、お楽しみに!


お知らせ▶︎▶︎▶︎「みつめる旅 humanity」は、初回はミレニアル世代から支持を集めるウェブメディア、Business Insider Japanさん主催の「五島列島リモートワーク実証実験」(後援:五島市、長崎県)内で開催された特別企画でしたが、今後は未来の社会をつくるビジネスパーソンを対象とした、紹介制のクローズド・ツアーとして運営していきます。




掲載写真について▶︎▶︎▶︎「みつめる旅」は、五島在住の写真家さんたちを中心となって五島の魅力を発信する「毎日が絶景PROJECT in五島列島」のメディアとして2017年にスタートしました。内面からの地方創生を目指して、1240キロ離れた五島と東京がたがいに大切な何かをGIVEしあえる持続可能な関係性を思索しながら運営しています。今回の「みつめる旅 humanity」の写真は、福江島在住の写真家・廣瀬健司さんが撮影しています。五島で生きる人だからこそ知っている「五島」を伝えるため、廣瀬さんは、ツアーの構成や旅程のプロデュース、現地のアテンドまで関わられています。


廣瀬健司(ひろせ・たけし)さん:生まれも育ちも五島列島・福江島。東京で警察官として働いたのち、1987年に五島にUターン。写真家として30年のキャリアを持つ。2001年には「ながさき阿蘭陀年 写真伝来の地ながさきフォトコンテスト」でグランプリを受賞」。五島の「くらしと人々」をテーマにした作品を撮り続けている。2011年には初の作品集『おさがりの長靴はいて』(長崎新聞社)から出版。地元の若手写真家の育成にも尽力する、五島愛の塊のような熱い写真家。


※増刷・次号の発行も、制作費のめどが立ち次第進めてまいりますが、現在のところ時期は未定です。