mitsutabi

2019/06/05 06:11



旅とは、自分の体と心を日常から離れた場所に置いてみること。いつもと違う風と光を浴び、いつも違う人と言葉に触れ、「非日常」で五感を満たしてみる。昨日までの連続を、一度ぷつりと断ち切ってみる。


感じることが変わると、考えることが変わる。考えることが変わると、やがて生きかたそのものも変化していく。旅に出る前の自分と、旅から戻った時の自分に、わずかでも変化があったなら、それはきっといい旅だったと言えるはず。

 

長崎・五島列島を舞台に、そんな新しい旅の形を提案している「みつめる旅」。今回「みつめる旅」の中のスペシャルツアーとして、「みつめる旅humaity」を開催、そのレポートの後編です。

 

>>前編はこちらから



 

「人間とは何か?」を考える内省の旅

 

「みつめる旅 humanity」は、作家・山口周さんと共に、五島列島の福江島・奈留島・久賀島をめぐる内省の旅です。

 

山口周さんは、ご著書『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)がベストセラーとなり、今ビジネスパーソンがもっとも会いたい知識人とも言われる存在。思想家・哲学者として、これからの社会や組織のありかたについて示唆に富んだ発言を続けられ、多くのトップビジネスパーソンから高い支持を得ています。



山口周さん:1970年東京都生まれ。読書と、海で太陽の光を浴びることが何よりも好き。現在は家族と神奈川県・葉山で暮らしている。外資系人材コンサルティングファームでシニアパートナーを務めた経験も持つ。『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『劣化するオッサン社会の処方箋』(ともに光文社新書)など数々の著書を出版し作家としても活躍している。


>>>山口周さんの「みつめる旅」のレポートはこちら

 


海と信仰


34日の旅程のうち、2日目と3日目は福江島から船で30分ほどのところにある、奈留島と久賀島まで足を伸ばし、20186月に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界遺産登録されたばかりの潜伏キリシタンの足跡を辿ります。



 

五島列島は、安土桃山時代から明治時代初期にかけて約280年にわたり、厳しい弾圧を受け続けてきた信者たちが、迫害の末に辿り着いた場所として知られています。その想像を絶して過酷な生きざまに触れた時、私たちは何を思うのでしょうか?

 

まず訪れたのは、久賀島の「ザザレ集落」。集落の中の教会跡と墓地跡を訪れるため片道30分、往復60分、木々に覆われた山道を歩き続けます。移り住んだ信者たちが、山肌に小さな段々畑をつくり、井戸を掘って水を引き、貧しく苦しい生活の中で信仰を守り続けてきた痕跡があちらこちらに残っています。

 



「ザザレ集落」の次には、同じく久賀島にある「牢屋の窄 殉教記念教会」を訪れました。

 

ここは、1886年(明治元年)に、わずか12畳ほどの牢屋に潜伏キリシタン200余名が8か月にわたり閉じ込められ、42名が命を落とした場所です。殉教者の中には1歳から15歳までの子どもたちも24名含まれていました。

 

敷地内には、亡くなった方々の名前や年齢を記した小さな墓標が並んでいます。その一つには、マリアという洗礼名の10歳の女の子が、「これからパライゾ(天国)に行くから、父さんも 母さんも さようなら」と言い残して亡くなったと記されています。



 

初夏のみずみずしい緑が茂り、高台にある教会敷地からは太陽を受けて絶えずきらきらと輝く海が広がる麗らかな場所で、かつてそんな惨たらしい出来事があったことに強い衝撃を受けます。

 

その他にも「牢屋の窄」で生き残った信者たちを中心に、浜脇集落の信者たちが築いた「旧五輪教会(久賀島)」や「江上天主堂(奈留島)」を訪れ、現在も教会の保守管理を続けている教会守の方の話を直接伺いました。



 

なぜ、数百年もの間、想像を絶するほど厳しい弾圧に晒されながら信仰を守り抜いたのか。現代社会の中で、経済合理性や功利主義を思考の中心に据えて生きている私たちには、容易には理解できない人間の生きざまに触れることで、自分が当たり前だと思い込んでいた「常識」を一度相対化する異化の作用が生じます。

 

理解がしやすいように整理され、説明された情報とは対極にある、未整理で一見不可解な情報。「こんな辛い目をしてまで、(信仰を守り続けたのは)なぜ?なぜ?なぜ?」と、その理解の難しさに心が激しく揺さぶられます。心と体で感じるそうした揺さぶりから、「人間はなぜ生きるのか?」というヒューマニティに対する思索が始まります。


 

 

知ること、感じること、考えること


数々の潜伏キリシタンにまつわる歴史に触れる合間には、港で、海岸で、木陰で、自分の居心地がいい場所を見つけて、ひとりぽつねんと佇む時間がありました。インプットのあとには、それを自分の内面に落とし込み、湧き上がってくる何かを静かに掴み取る。



 

デジタルデバイスに表示される大量の情報を、絶えず目で追うという視覚偏重の日常。それを一時的に遮断し、五感全部を開放して自然が発する豊かな情報を取り込むこと。社会の中で課せられている役割や肩書を外し、ただ「ここ」に存在する一人の人間としての自分を再認識すること。


ヒューマニティについて考える心身のベストコンディションを作るため、「みつめる旅 humanity」の中では、随所で自然の中でひとりになって過ごす時間を用意しました。風に吹かれること、海の碧と空の青を眺めること、鳥のさえずりに包まれること。自分と世界のつながりを回復しながら、内面から湧き出てくる感情や感覚と向き合います。




 

「ひとりの人間」に戻った時、何を思うのか


そして迎えた最後のダイアローグ。

 

美しい自然と悲しい歴史が交差する五島という場所に身を置いた時、自分の中から込み上げてきたものは何か?

 

すっかり打ち解けあった旅の仲間とのなごやかな夕食のあと、小さな灯を前に、言葉にする準備が整った人から順に口を開いていきます。とりとめがなくてもいい。矛盾していてもいい。信頼関係で結ばれた旅の仲間の前で、恐れることなく言語化していきます。



 

「人間」は、これからどこへ向かうのか?

 

「人間」は、いかに生きることが幸せなのか?

 

一見大きすぎるように思える問いですが、この問いに自分なりの答えを出すことで、一人ひとりの人生に縁(よすが)が生まれ、より豊かなものに変化していくはずです。

 

明確な答えはまだ出なくても、明日からの生きかたが少しずつ、でも確実に変わっていくことだけはわかる。そんな予感に満たされて「みつめる旅 humanity」は幕を閉じました。





>>>前編はこちらからも読めます


今後は「みつめる旅 humanity」に参加したみなさまのレポートも随時掲載してまいりますので、お楽しみに!


お知らせ▶︎▶︎▶︎「みつめる旅 humanity」は、初回はミレニアル世代から支持を集めるウェブメディア、Business Insider Japanさん主催の「五島列島リモートワーク実証実験」(後援:五島市、長崎県)内で開催された特別企画でしたが、今後は未来の社会をつくるビジネスパーソンを対象とした、紹介制のクローズド・ツアーとして運営していきます。



掲載写真について▶︎▶︎▶︎「みつめる旅」は、五島在住の写真家さんたちを中心となって五島の魅力を発信する「毎日が絶景PROJECT in五島列島」のメディアとして2017年にスタートしました。内面からの地方創生を目指して、1240キロ離れた五島と東京がたがいに大切な何かをGIVEしあえる持続可能な関係性を思索しながら運営しています。今回の「みつめる旅 humanity」の写真はすべて、福江島在住の写真家・廣瀬健司さんが撮影しています。五島で生きる人だからこそ知っている「五島」を伝えるため、廣瀬さんは、ツアーの構成や旅程のプロデュース、現地のアテンドまで関わられています。


廣瀬健司(ひろせ・たけし)さん:生まれも育ちも五島列島・福江島。東京で警察官として働いたのち、1987年に五島にUターン。写真家として30年のキャリアを持つ。2001年には「ながさき阿蘭陀年 写真伝来の地ながさきフォトコンテスト」でグランプリを受賞」。五島の「くらしと人々」をテーマにした作品を撮り続けている。2011年には初の作品集『おさがりの長靴はいて』(長崎新聞社)から出版。地元の若手写真家の育成にも尽力する、五島愛の塊のような熱い写真家。


※増刷・次号の発行も、制作費のめどが立ち次第進めてまいりますが、現在のところ時期は未定です。