mitsutabi

2019/03/28 06:25




 

旅とは、自分の体と心を日常から離れた場所に置いてみること。いつもと違う風と光を浴び、いつも違う人と言葉に触れ、「非日常」で五感を満たしてみる。昨日までの連続を、一度ぷつりと断ち切ってみる。

 

感じることが変わると、考えることが変わる。考えることが変わると、やがて生きかたそのものも変化していく。旅に出る前の自分と、旅から戻った時の自分に、わずかでも変化があったなら、それはきっといい旅だったと言えるはず。

 

長崎・五島列島を舞台に、そんな新しい旅の形を提案している「みつめる旅」。今回「みつめる旅」をしたのは、こんな人です。 


大星光世さん 

1966年生まれ、福岡県出身。中学、高校は柔道部に所属、身長183cmの風貌にはどこかその面影が。とにかく釣りが大好き。仕事では、人材教育サービスを提供する会社を経営している。凝り始めると何でも凝ってしまう性格で、最近は糖質OFFダイエットを徹底して15キロの減量に成功。



 

大星光世さんの「みつめる旅」


1日目(羽田から福岡経由で福江島、福江市街)

2日目(❷高浜〜三井楽)

3日目(❸久賀島、❹奈留島、❺大瀬崎)

4日目(福江市街)


 

「知ること」と「感じること」

 

五島の旅を終えて思うのは、これまでずいぶんと「わかりやすい旅」をしてきたのかもしれないな、ということです。

 

つまり、五島ほど訪れる人に「知ること」を求める旅先を、僕はこれまで知りませんでした。

 

今回の旅では、1日で奈留島、久賀島の潜伏キリシタン関連遺産をめぐるツアーに参加しました。昨年、世界遺産に登録された「旧五輪教会堂(久賀島)」や「江上天主堂とその周辺集落(奈留島)」の他にも、禁教が解けるまであと1年という明治元年(1868年)に厳しい弾圧が行われた「牢屋の窄 殉教記念教会」にも立ち寄りました。

 

そこは、わずか12畳ほどの牢屋に潜伏キリシタン200余名が8か月にわたり閉じ込められ、42名が命を落とした場所に建てられた教会です。話を聞くだけでも、本当に想像を絶する苦しい歴史ですよね……。教会のそばには、犠牲になった人たちの洗礼名と亡くなった時の様子が記されていて、中には子供もたくさんいました。「水が欲しい欲しいと言いながら亡くなった」とか、「ヒルに噛まれて苦しみながら亡くなった」とか、一人ひとり石に刻まれていました。



 

教会堂の中には、「12畳」という牢屋の床面積と同じ大きさの赤い絨毯が敷いてあります。そこに立つと、深く深く考えさせられました。

 

今回は、事前に歴史に詳しいガイドさんや、五島の文化や風習をよく知る地元の写真家さんにいろいろと教えていただいた上でツアーに参加したので、「自分が本当に何も知らなかったんだなあ」と気づくことができました。

 

もし、何も知らないまま、ただ「世界遺産を見に行こう」というノリでツアーに参加していたらとてももったいなかったですね。事前に、正しい知識をインプットしていただいた上でないと、五島のあまりに凄まじい歴史をちゃんと理解することはできなかったでしょう。

 

最近、「感じること」が大事だということは、よく言われますよね。ビジネスの現場でも、教育の現場でも。でも、それだけじゃダメなんだな、と思いました。物事に関する知識や情報をちゃんと「知ること」を実践した上で、「感じること」に徹して初めて真の意味で理解ができるんです。

 

 

ボラを煮込んだ漁師飯を食べながら

 

旅先として「五島」は決して、「消化しやすい場所」ではないと思います。

 

今の日本における旅のありかたは、旅行者が限られた時間の中で、一番美味しいところだけをつまみ喰いできるようにパッケージ化された、いわば「加工食品」になっているのかもしれません。五島での旅を経験すると、自分がこれまでいかに「消化しやすい旅」で満足してきたかわかりました。つまり、何の予備知識もなくぽっと行って、名所をめぐって、美味しいものを食べて、またぱっと帰ってくるというような。

 

対して、五島は旅する人に「消化する力」を求めますね。

 



今回、地元の人が「ちょうど今の季節のものだから」とボラ漁をやっている漁師さんのところへ連れて行ってくれました。五島は江戸時代からカラスミの名産地として知られていて、11月はカラスミ(卵巣)を取るためのボラ漁のタイミング。卵巣を取り除いたあとのボラの身は、言ってみれば「要らないもの」ですが、それを塩漬けにして干したものを漁師さんが船着場で食べさせてくださったんです。醤油と砂糖で甘辛く煮て一味唐辛子を混ぜただけの、まさに漁師飯。

 

そりゃ、マグロに比べたらすごく美味しいものではないかもしれない。でも、五島の歴史を学んだり、地元の人から直接話を聞いたりして、ある程度知識をインプットした上で食べると、なんだかとても味わい深いんですね。長い歴史があって、これを食べてきた人の営みがあって……。

 

マグロを食べて「ああ美味しかった」で終わるような「消化のしやすい旅」にはないものが、今回の五島の旅には確実にありましたね。

 

 

「感じたこと」を言語化する時間

 

あとは、イカ釣りの時間が、僕にとっては最高でした。

 

11月から3月にかけて、五島ではイカ釣りのシーズンです。民泊のご主人に誘われて早朝からイカを釣りに出かけました。まだ暗いうちに船を出して釣り場に向かっていると、水平線がきれいなオレンジやピンクに染まり始めて、やがて朝日が昇ります。

 

初日は残念ながら「坊主」だったので、翌日も一人でイカ釣りに挑戦していたのですが、その時間が僕にとってはすごく貴重でした。というのも、日常生活の中で「ひとりになれる時間」がほとんどないからです。

 

東京では人材教育の会社を経営していることもあり、毎日がすごく多忙なんです。平日は毎朝5時か遅くても6時には起きて、電車で会社に向かいます。朝の7時からミーティングやアポが入っていることも多いですし、アポやミーティングの合間もメールを見たり、企画書をチェックしたりと雑事に忙殺されています。ランチも打ち合わせを兼ねて誰かととることがほとんどですし、夜は夜で会食が続きます。隙間時間も結局ネットニュースを読んだりSNSを見たりとインプットに費やされてしまう。



 

会社を立ち上げて今年で17年になりますが、ずっと同じ生活を続けてきました。

 

そういう日常を離れて、五島の海でイカを釣りながら一人になってみると、「すごくいいな」と。最終日だったので、五島に着いてからの3日間で自分はどんな経験をして、そこから何を感じたんだろう、何を得たんだろうと振り返り、言語化していました。感じたことを感じたまま放置してやがて忘れてしまうのではなく、感じたことをひとりになって言語化する時間を持つって、本当に豊かだなと思いました。

 

東京に戻ると、そういう時間を持つことはとても難しくなりますが、今後は数か月に1回とか、数年に1回でもいいので、意識して持つようにしたいですね。東京から1240キロも離れていて、決して交通の便がいいとも言えない五島のような場所に、1週間ほど身を置く習慣を持てたら最高ですね。

 

 (1番目と3番目の写真は福江島在住の写真家・廣瀬健司さんによる撮影、それ以外は旅行者による撮影)