mitsutabi

2019/03/12 16:35



旅とは、自分の体と心を日常から離れた場所に置いてみること。いつもと違う風と光を浴び、いつも違う人と言葉に触れ、「非日常」で五感を満たしてみる。昨日までの連続を、一度ぷつりと断ち切ってみる。

 

感じることが変わると、考えることが変わる。考えることが変わると、やがて生きかたそのものも変化していく。旅に出る前の自分と、旅から戻った時の自分に、わずかでも変化があったなら、それはきっといい旅だったと言えるはず。

 

長崎・五島列島を舞台に、そんな新しい旅の形を提案している「みつめる旅」。今回「みつめる旅」をしたのは、こんな人です。 


石渡悠里さん

1989年東京生まれ。中学・高校では天文部に所属していたこともあり、星のことにはめっぽう詳しい。趣味は、ひとり旅と、アイルランドの楽器・ティンホイッスルの演奏。仕事では、人材育成サービスの会社で社長秘書を務める。




石渡悠里さんの「みつめる旅」


1日目(羽田から福岡経由で福江島、福江市街)

2日目(❷高浜〜三井楽)

3日目(❸久賀島、❹奈留島、❺大瀬崎)

4日目(福江市街)



受け入れてもらえる安心感


五島を旅したのは、今回が2回目でした。1回目はひとり旅だったんですが、五島って、女性ひとりで回るにもとても過ごしやすい場所なんです。普段から日本の地方にひとり旅に出かけますが、五島の過ごしやすさは群を抜いていると思います。

 

例えば、夜ごはん。私は、宿としてゲストハウスや民泊を利用することが多いですが、宿主の方が「今晩はごはん、うちで食べるでしょ?」と当然のように声をかけてくださるんですね。他の地域では、数日かけてだんだんなかよくなっていき、「今日はうちで一緒にごはん食べる?」と誘っていただく感じなのですが、五島は違います。初日から「おいでよ!」と、とても気さくに輪の中に入れてくださいます。

 

そして、「明日の朝はイカでも釣りに行かない?」とか、「今日は文化祭があるから行かない?」とか、五島らしい過ごしかたをいろいろと提案してくださったりもします。しかも、すべてのやりとりがなんだかとても自然でさりげなくて。地元の人にしてみれば、当然のことをしているだけなのかもしれませんが、五島に縁もゆかりもない私にとっては「受け入れてもらえてるな」と感じて嬉しくなります。



 

東京が疲れる本当の理由


私は東京生まれ東京育ちなんです。

 

東京って本当に便利だし仕事もあるので、なかなか離れられないままこうして30年も住んでいるんですが、最近すごく東京に疲れるな、と感じることがあります。

 

その「疲れ」の原因は何なのだろう?と考えてみると、いろんなものが過剰にあることに起因してるんじゃないか、と。モノがありすぎるし、サービスも過剰だし、情報も常に大量に流れ込んでくるので、常に考え続けていないといけないんです。

 

例えば、ABCという3つの選択肢があったとして、その中から1つを選ぶためにそれぞれのことを詳しく調べて、比較検討しますよね。それで仮にAを選んでとてもよかったとしても、もしかしたらBCの方がもっとよかったんじゃないか、何か情報を見落としているんじゃないかと「選ばなかった選択肢」が気になり、喜びが薄れていってしまう。そういう経験が何年も蓄積されて「疲れ」になっている気がします。

 

私が五島に限らず、時々東京から飛び出して旅したい衝動に駆られるのも、そういう「疲れ」に理由があるんじゃないかな、と思います。



 

「いい一日だったね」と満たされて夜を迎える


でも、五島ではそういう「疲れ」をまったく感じないんです。

 

例えば、何かお昼ごはんを食べようとしても、近くに定食屋が一軒しかない、という状況は五島ではよくあります。そうなると、「この定食屋を精一杯堪能しよう」ってなりますよね。「今日は天気がいいから釣りをしよう」「雲が少ないから夕日を見に行こう」そんな感じで行動の選択がとてもシンプルなんです。

 

旅の間の天気に関しても、「雨が降ったら、どうしよう……」なんて心配しないで、「雨が降ったら降ったで、その時はみんなでまた別のことを楽しめばよか」みたいな地元の人のノリも、実はかなり新鮮でした。東京にいる時は、常に「もし○○だった時のために、前もって準備をしておこう」という発想が働いてしまいがち。それをオフにできるのも五島のいいところですね。

 

選択肢がそんなになくて、できることも限られているので、目の前のことを精一杯楽しみ「よかったね」と心底納得して一日が過ぎていく。それって、素敵なことだな、と思います。



 

「選ぶこと」から解放されて


今回の旅では、福江島を車ではなく自転車でまわる日を持ちました。

 

福江島はトライアスロンのコースになっているだけのこともあり、アップダウンの激しい地形です。自転車でその坂を越えて走り続けていると、「ああ、島に来たなあ」と実感できて気持ちがよかったです。海を目指してペダルを漕ぎ続けて、ビーチに出たところで趣味のティンホイッスルという楽器を吹きながら夕日を眺めて過ごしていました。

 

ゲストハウスに戻ると、まるで自分の家に戻ってきたかのように「おかえり、ごはん食べるでしょ?」と声をかけてくれて、みんなでわいわい鍋を囲む。大勢いて、宿の人なのか、宿泊客なのか、はたまた近所の人なのか、誰なのかよくわからないんですけど(笑)、本当に賑やかな食事でした。

 

夕飯の後は、満点の星空を芝生に寝転んで眺めたり、宿の人が飼っている猫と遊びながら四方山話をしたり、「選ぶこと」から解放されて、ただ目の前にあることを自然に楽しめばいいという時間の流れかたに癒されました。



(2番目と4番目の写真は福江島在住の写真家・廣瀬健司さんによる撮影、それ以外は旅行者による撮影)