mitsutabi

2019/02/14 06:52



旅とは、自分の体と心を日常から離れた場所に置いてみること。いつもと違う風と光を浴び、いつも違う人と言葉に触れ、「非日常」で五感を満たしてみる。昨日までの連続を、一度ぷつりと断ち切ってみる。

 

感じることが変わると、考えることが変わる。考えることが変わると、やがて生きかたそのものも変化していく。旅に出る前の自分と、旅から戻った時の自分に、わずかでも変化があったなら、それはきっといい旅だったと言えるはず。

 

長崎・五島列島を舞台に、そんな新しい旅の形を提案している「みつめる旅」。今回「みつめる旅」をしたのは、こんな人です。

 

旅をした人:白石章二さん

 

1962年、島根県雲南市生まれ。ドライブ好きで、バーベキューでは肉を焼く腕がピカイチの家族思いのよきパパ。今年は五島列島の海で船舶免許を取得する予定。仕事では、経営コンサルタントとして、ベイン・アンド・カンパニー、PwCコンサルティングでパートナーを歴任したのち、現在は地方都市に本社のある輸送用機器製造の東証一部上場企業で事業開発とベンチャー投資に携わる。



 

白石章二さんの「みつめる旅」


1日目(羽田から福岡経由で福江島、福江市街)

2日目(❷高浜〜三井楽)

3日目(❸久賀島、❹奈留島、❺大瀬崎)

4日目(福江市街)


 

心が落ち着く「入江の海」

 

今回が生まれて初めての五島でした。

 

ひと言でいえば、落ち着く場所だな、と感じました。

 

五島の海は、入江に囲まれた場所が多いのですが、そうした静かな入江を前にしていると何とも言えず心が落ち着くんですね。地平線までパーッと開けた海もいいですが、入江に囲まれた穏やかな海も安心感があってとても好きだな、気づきました。

 

最近は旅先として「島」が密かなブームになっていると聞きましたが、五島はその中でも圧倒的におもしろい島だと思います。日本最西端に位置していて大陸にも近いせいか、文化が独特です。お盆に行われる踊り念仏「チャンココ」や奇祭と言われる「へトマト」など、昔のものがそのまま今に残っている。それは文化と文化が交わる“辺境”の離島ならではではないでしょうか。

 

私は長年外資系のコンサルティングファームで仕事をしてきましたが、その経験も踏まえてこれからの五島の可能性について考えてみると、3つのポテンシャルがあるな、と。一つは、魚が非常に美味しいこと。二つ目はそれぞれの地域に文化があること、そして三つ目は潜伏キリシタンにまつわる歴史と、そこから生まれる深いストーリー性ですね。この3つが、他の観光地にはマネできない魅力を生み出していて、世界中の旅行者を惹きつける可能性を秘めていると感じました。



 

2拠点居住の候補地として

 

今回の旅を終える頃には「五島に家があってもいいな」と考えていました。

 

週のうち34日はそこで過ごして、仕事を済ませたら釣りに出かけたり、夕日を眺めたり。そしてまた東京や他の場所に移動し、また五島で過ごしたくなったら戻ってくる。そういうふうに2拠点居住、多拠点居住をする先として「五島」はいい選択肢だと思いました。

 

五島は離島で交通の便はいいとは言えませんし、天候によっては福岡や長崎に飛ぶプロペラ機が欠航になることもあるので、「明日帰れなかったら困る」という人には課題があるかもしれません。でも、どこでも仕事ができて時間にも場所にも縛られない人であれば、アクセスは特に問題にはならないんです。

 

実際に私もそうです。今は大企業の事業開発担当として、本社のある地方都市を拠点に週に1回から2回東京へ出かけますし、毎月数カ国に海外出張をするという生活をしています。例えば、今日は東京のオフィスで朝から夕方までいろいろなミーティングが入っていたので、東京にいる意味がありましたが、「明日はハードな交渉があるから、ひとりでじっくり戦略を練ろう」という日はまわりに人のいない環境を選びます。

 

ですから、特に本社にいる必要がないと感じれば、他の場所で仕事をします。仕事のために情報を取りに行こうと、興味のあるところへは積極的に出かけています。むしろ残った時間だけ本社いると言った感じ。本社が東京にある人にとっても、必ずしも東京にいる必要はなくなりつつあります。経営者にとって、シビアに戦略を考えたり、長期的なビジョンを思い描いたりする時間を持つには、むしろ五島のような場所に身を置く方がアウトプットの質が高まるのではないでしょうか。



 

時間に縛られない長期滞在がおすすめ

 

五島という場所は、短期滞在より長期滞在に向いていますね。もちろん、飛行機でパッと飛んで一日二日海でリフレッシュして帰るというスタイルの旅もできなくはないですが、やはり東京からだと直航便もなく、乗り継ぎを入れると半日くらいかかることもあるので、「時間に縛られない旅先」としてゆったりと長期滞在型の過ごしかたがよさそうです。

 

長期滞在型で過ごすために、私のように「家が欲しい」という人もいると思いますが、贅沢さえしなければ、地方に一軒家を持つことのコストは以前に比べてかなり下がっています。いわゆる「別荘」のイメージではなく、居心地のいいシンプルな家という感じ。なにしろ空き家が増えていますし、その活用に地方自治体も力を入れていますから、セカンドハウスを持つコストは近年格段に安くなっています。

 

最近の2拠点居住、多拠点居住の特徴として、場所が東京近辺である必要がなくなってきたという点があります。これまでだと、やはり東京まで2時間以内に出られる場所として、軽井沢や湘南、房総半島などが中心でしたが、今やサンフランシスコでもバンコクでもまったく問題ないと感じています。もちろん、「五島」でも仕事に支障はないでしょう。

 

東京の仕事を持ったまま「地方移住」ができる時代

 

「東京の仕事」をするにしても、「東京以外の場所を知ること」はとても大事だと思います。

 

たとえば、先週は中国の山東省、ナイジェリアのラゴス、南アフリカのヨハネスブルグ、ブラジルのサンパウロ、そしてアメリカ大陸に渡りサンタモニカとアトランタを回るという出張をしてきましたが、やはり「東京以外の場所」に身を置くと、東京では思い浮かばない発想が生まれます。

 

ビジネスの世界では「多様性が大事」とよく言われますが、多様性って、やはりその場所に身を置いてみないと理解できないものですよね。「東京」と「東京以外」の両方がわかることで、東京の仕事でもいいアプトプットができるようになります。

 

最近の傾向として顕著だなと感じるのが、優秀な人が地方に移住をして新しい事業を始めるケースが増えている点です。東京との繋がりを保ちながら、地域の人たちも巻き込んでプロジェクトを進めていく。2つ以上の世界を行ったり来たりしながら自分のスキルを高めていく。これも、人が働きながら価値を生み出す一つの方法だな、と注目しています。

 

以前は、「地方移住」といえば都会の仕事を辞めていくイメージでしたが、これだけビジネスコミュニケーションツールが発達した今の時代であれば、都会の仕事をそのまま持って自分の好きな場所に移住できます。リモートワークが当たり前になっていること、副業を許可する企業が増えていること、会社員とフリーランサーの境界が曖昧になりつつあることなど、最近のワークスタイルの変化を見ても、確実にそういう時代になってきています。

 

そういう日本全体、世界全体の流れから見ても、「五島」で暮らすように働くというスタイルは、東京のビジネスパーソンにとって十分ありうる選択肢だなと感じました。



(写真はすべて福江島在住の写真家・廣瀬健司さんによる撮影)