mitsutabi

2019/01/30 15:18



旅とは、自分の体と心を日常から離れた場所に置いてみること。いつもと違う風と光を浴び、いつも違う人と言葉に触れ、「非日常」で五感を満たしてみる。昨日までの連続を、一度ぷつりと断ち切ってみる。

 

感じることが変わると、考えることが変わる。考えることが変わると、やがて生きかたそのものも変化していく。旅に出る前の自分と、旅から戻った時の自分に、わずかでも変化があったなら、それはきっといい旅だったと言えるはず。

 

長崎・五島列島を舞台に、そんな新しい旅の形を提案している「みつめる旅」。今回「みつめる旅」をしたのは、こんな人です。

 

旅をした人:太田晃さん

 

1958年、大阪生まれ。フットワークの軽さと関西弁が素敵な「大阪のおっちゃん」。仕事ではエネルギー系の東証一部上場企業で常務取締役を務める。休日の朝の読書と家族旅行が何よりも好き。最近は娘・息子夫婦たちとAIBOを囲んで遊ぶことにハマっている。



 

太田晃さんの「みつめる旅」


1日目(羽田から福岡経由で福江島、福江市街)

2日目(❷高浜〜三井楽)

3日目(❸久賀島、❹奈留島、❺大瀬崎)

4日目(福江市街)




「人の優しさ」が新鮮だった


私は昨年、春と秋の2回五島を旅しました。1度目は妻と息子夫婦を連れて、2回目は仕事つながりの友人たちと福江島(ふくえじま)で数日間過ごしました。

 

正直、訪れるまでは「風光明媚で魚が美味しいところ」というくらいの印象しかありませんでしたが、実際には魅力がたくさんあり、すっかり五島ファンになってしまいました。今年もきっと五島を旅することになると思います。

 

例えば、五島で見た星空は、本当に素晴らしかったです。私のこれまでの人生で「最高の星空」といえば、オーストラリアのゴールドコーストとハワイのマウナ・ケア火山で見た星空でした。一度にあれほどたくさんの星が出ていた夜空はついぞ見たことがなかったのです。でも、五島の夜空は、それに並ぶほど迫力があり驚きました。

 

星空もさることながら、一番印象深かったのは「人が優しい」ということですね。みなさん、本当に親切で、ごく自然と優しくしてくださいました。1度目の旅で仲よくなった方が、2度目の旅のときにわざわざ会いに来てくださったり、季節ごとに特産品や地魚を送ってくださったり。まだ数回しかお会いしたことがないのに、なんだかずっと前から知り合いだったような気がしてくるから不思議です。

 

そういう「優しさ」は島に住む人にとっては、ごく当たり前なのかもしれません。でも、東京のビジネスの世界にどっぷり浸かってきた人間からすると、とても新鮮でした。





「感動のサイクル」を回していきたい 


五島の素晴らしいところは、訪れるたびに興味が無限に広がっていく点です。

 

実は昨年還暦を迎えたのですが、これからの人生では「感動のサイクル」を大切にしていこうと決めています。美しい風景を見たり、美味しいものを食べたり、素敵な人と出会ったり……、そういうことに素直に感動し、感動にしたがって自然と行動できる心を育てていきたいな、と。感覚的に「いいな」と思ったら即行動することを意識して、60歳からの人生を歩んでいきたいです。

 

そう考えると、今回の五島の旅も、素直な感動に導かれてのことでした。ご縁があって五島在住の写真家さんたちが手がけたフォトガイドブック『みつめる旅』を手にし、それに掲載されていた風景のあまりの美しさに心打たれて、「一度、五島に行ってみよう」と思い立ちました。

 

実際に足を運んでみると、旅先でまた思いがけない出会いが待っているんですね。地元の人と文通するほどに仲よくなったり、これまでは教科書でしか知らなかった潜伏キリシタンの歴史に触れたり。数百年にわたる禁教の時代があり、想像を絶するような苦しみに耐えながら信仰を守り抜いた人たちがいた。そういう歴史に触れることで、新たに本を読んで勉強しよう、さらにその本について友人と話してみようと、興味がどんどん広がっていきました。

 

その広がりはとても自然で生き生きとしていて、改めて「感動から始まる旅」はいいものだなあ、と思いました。



ビジネスパーソンこそ触発される土地


還暦後の人生では「感動」を大事しようと考えたのは、私がこれまで長年ビジネスの世界に身を置いてきたことも影響していると思います。

 

ビジネスの世界では、いわゆる「左脳」を使う場面が多くあります。つまり右脳的な感性や直感よりも、左脳的なロジックに基づいて物事を進めていくことを求められます。大学を卒業して就職してから約40年間、ビジネスパーソンとして左脳的な部分を使って積み重ねてきたことは、私にとって人生の基幹になっていますし、これからも大事にしていきたいと思っていますが、最近では右脳的な部分も欠かせないと痛感しています。

 

例えば、経営判断では経済合理性が優先されることがほとんどです。でも、経済合理性以外の判断基準が求められる時代になりつつあるのかな、と感じる場面が最近は増えています。人類のためになるのか、自然環境に悪影響を与えないか、道徳的に正しいか。そういう右脳的な判断基準が、左脳的な損得勘定よりも求められるようになってきていると感じます。

 

この観点から考えると、右脳的な部分を存分に触発させてくれる五島という旅先は、ビジネスパーソンが刺激を受けるところが大いにあると思います。




コスパで選ばない旅先

 

五島って、遠いんですよね。東京からだと、羽田発の飛行機で福岡か長崎まで飛んで、そこから船や飛行機に乗り継がないと行けない。トランジットも入れると片道で半日近くかかります。それにお金の面でも、パッケージ旅行で沖縄や台湾に行く方が安いかもしれない。つまり、経済合理性だけで考えていると、正直選ばれにくい旅先だと思うんです。

 

でも、そういうことを乗り越えて実際に足を運んでみると、五島にしかない感動が確実にある。旅先を選ぶときはどうしても、「便利かどうか」「コスパがいいかどうか」という左脳的な思考を働かせてしまいがちですが、たまには判断基準を変えてみるのもいいのではないでしょうか。

 

最初に感動があり、その感動に背中を押されて実際に旅に出てみる。すると、次の感動が待っている。それがサイクルのように回り続けていくのが、すごく楽しいですね。五島という旅先は、その楽しさを教えてくれました。60歳からの人生も「感動のサイクル」を継続させていきたいです。


(写真はすべて福江島在住の写真家・廣瀬健司さんによる撮影)